CASE.3
大阪府 ドン亀五郎
"Macデカ 7300殺人事件"


"Macデカ 7300殺人事件"

私の名は鶴谷長夫。
すでに職歴35年の現場たたき上げのデカだ。
署内では「ちょーさん」と呼ばれるうるさ方のご意見番。
もう定年まではあと少しだが、まだまだ若いもんにひけを取ることはないと自負している。
そんな私は一人暮らしの年寄りには耳障りなあの「ジングルベル」が鳴りやんだ大阪の街を、新米刑事の運転する車で現場に向かっていた。
「府知事と同じ名前の・・・」が売り文句の太田刑事が胸ポケットから見慣れぬ洋モクを取り出してマッチで火をつける。
「ちょーさん、大丈夫ですか?無理すること無いのに。おれ、課長に言ったんですけどね。『年寄りには刺激強すぎる事件だって。』」
「『年寄り』は余計だ。ちゃんと前見て運転しろ!」
私もポケットから取り出したショート・ピースに¥100円ライターで火をつける。
「ちょーさん、いいんですか?タバコは医者に止められてるって言ってたじゃないですかぁ〜!」
「うるせぇ!!医者が怖くて刑事が務まるかってんだ!」

そんなたわいのない会話をするうちに車は現場のマンションの前に着いた。
「ここだな。」「はい、間違いありません。ここの5階ですっ!」
エレベーターを降りた5階にはすでに所轄の警官が慌ただしくつめかけた野次馬たちの整理に当たっていた。
私はその野次馬の人混みをかき分けつつ、その部屋の前に立った。
「本庁の鶴谷だ。現場はこの部屋かい?」「ご苦労様ですっ!」
その若い警官は背筋を伸ばして敬礼する。

「何だ、この家は?!」
玄関を入ってすぐ横の部屋にはパソコンのモニターだけが数台並んでいる。
さらにその奥のダイニングの先の洋室には10数台のpowerbookが積み上げられていた。
「パソコン・オタクの部屋か。」
私の姿を見とめた所轄の刑事が駆け寄ってくる。
「ご苦労様です。ホトケは隣の和室に。」
その和室とを隔てる襖を開けた私は思わず唸ってしまった。「これは・・・むごい!」
そこに被害者は倒れていた。
淡い7300/180と書かれたページュ色の着衣は部屋の片隅に転がっていた。
そればかりかその被害者は腹を開かれ全ての「部品」をあたりにばらまいていたのだった。
ロジックの全てのメモリーはVRAMや2次キャッシュに至るまでが外され散乱している。
それどころかCD-ROMもHDDすら外されて転がっているのだった。
「だれがこんな酷いことを・・・」隣にいた太田刑事が言葉を詰まらせる。
だがベテランの私はすでにその「遺体」の異常に気づいていた。
「CPUが無ぇな。」
所轄の刑事がはっとした表情で私の顔を見つめる。
「見ろよ、そこのCPUスロットに挿さってたはずのCPUカードはどうしちまったんだい?」
「探します、絶対に!」

「ふぅ〜〜っ、7300バラバラ殺人事件ってかい。」
一通りの「遺体」の検分を終えた私は大きなため息をつきながら手袋を脱いだ。
「部屋の住人は年齢不詳の男性、亀屋萬年堂、あ、これは偽名のようでどん亀工房とも名乗ってたらしいです。」
「で、そいつは今どこにいるんだい?」
「数日前から姿が見えないそうです。」「だったらさっさと全国指名手配しろ!マニュアル読んでないのかっ?!」
「それは先ほど・・・。で、犯行の目撃者がいます。」「目撃者だって?!」
「ええ。被疑者と同棲していた女性で、iMacブルーダルメシアン。」
「ブルー・・・って外人さんかい?」「生まれはアメリカですが国籍は日本です。」
「そうかい、まあ何でもいいや。ともかく預かっていくよ。」
「さらにもう一人同居人が・・・こっちも女です。」
「・・・お盛んな被疑者だな。尋問は所轄の取調室で行う。手配してくれ。」

小一時間後、私はその参考人たちと所轄署の取調室にいた。
一人はiMacブルーダルメシアン。
少し幼さの残る彼女ははっとするほど可憐であった。
もう一人は7600/132。
盛りは過ぎたかもしれないが彼女もまだ十分に魅力的な女の色気を振りまいていた。

「刑事さん、知ってることは何度も全部話したわ。もう帰っていいでしょ?」
7600/132はその細い指でメンソール系の香りのするタバコを弄びながら言った。
「いや、まだだ。しつこいかもしれないがもう一度話は聞かせてもらう。」
「私・・・見たんです。」
7600/132の隣に座っていたiMacブルーダルメシアンがか細い声をあげた。
「あの人が・・・・お姉さんのお腹を開けて・・私・・・見たんです!」
彼女はわっと泣き出した。

実は私はすでに気づいていた。
7600/132の挙動がかの604eの低クロックCPUにしてはやたら機敏なことを。
まず私は7600/132に詰め寄ってみる。
「お嬢さん、ホトケさんとよく似てらっしゃるが姉妹ですか?」
「姉妹?!とんでもない!私は7600、あいつは7300よ!!」
「でも貴女のクロックは132MHZで、彼女は180MHZでしょ?」
「見損なってもらっちゃ困るわ。私はそんな安っぽい女じゃなくてよ!!
「身体検査・・・させてもらっていいですかねえ?」
「そんな汚らしい手で触らないで!静電気もしっかり抜いて・・・」

「ほぉ、G3-466MHZ、メモリーも768MB。HDDも9GBですか。けっこう手が入ってますね。」
「あの人がしてくれたのよ。あの人は私のためなら何だってしてくれるわ。」
「あの人?」「ご主人様よ。」
その時iMacブルーダルメシアンがわっと泣き出した。
「あなたが・・あなたがお姉さんを殺したのよぉ!!」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。私が何をしたっていうの?!確かに目が覚めた時には私はパワー・アップされてたわ。でもそのパーツがあの女からのまんま移し替えなんて私は預かり知らないことよ!」
「まあまあまあ・・・」

どうやら被疑者は被害者7300/180と7600/132の間で数回にわたってパーツの移植をしていたらしいことが判明した。
だがほとんど同型機同士でそれにいったい何の意味が合ったのだろう。

「ちょーさん、いいですか?」
取調室のドアが控えめにノックされ、顔を出したのはかの太田刑事だった。
「被疑者の勤務先と、本宅にいた愛人を任意同行しました。」
「愛人?被疑者はいったい何台Macを所有していたんだ?!」
「今のところ十数台ですかね。参考人として呼びますか?」
私は頭が痛くなり始めていた。
まもなく二人の女性が取調室のドアを開いて中に入ってきた。

「こちらがpowermac4400/200、被疑者の職場の愛人です。こちらはpowermac G3-266改400。被疑者は単身赴任でその本宅で確保しました。」
G3-266改400の顔を見たiMacブルーダルメシアンは彼女を指さしてまたもやわっと泣き出した。
「そうよぉ、あなたが悪いんだわ!貴女が来てから全てが狂い始めたのよぉ!貴女が来たせいでこの性悪女(7600)までがこの部屋に出戻ってきて・・・・!!!」
「性悪で悪かったわね!」
「何よいきなり、この小娘が!私はあの人の本宅の窓Me機が調子悪いからってヘルプに行っただけでしょ!」
「貴女に入っていた『ジャガー』があの人を狂わせたのよ!!」
「『ジャガー』?それがどうしたってのよ。私に『ジャガー』が入ってるのはあの人だって承知済みだったことだわ。第一偉そうなあんたは誰なのよ?私、あんたなんか見たことも無いわ。」
私はふと調書に目を通した。
なるほど、iMacブルーダルメシアンが被疑者の部屋にやってきたのは最近で、セットアップを済ませたG3-266改400が被疑者の本宅に移った後らしい。
二人に面識がないのは当然のはずだが。
「ちょっと待って下さいよ、お嬢さん。貴女はこの女性と面識が無いはずだ。なんで・・・」
その小柄なiMacブルーダルメシアンは強い調子で私の言葉を遮った。
「私、7300お姉さんから直に聞いたんだもん!」
「ガイシャに直に?」「お姉さんがあんな姿になる直前まで、私たちLANで繋がっていたんだからぁ!!」

ますます話がややこしくなってきた。
要約すると被疑者はずっと「OSペケ」不要論者だったのだが、本宅の窓Me機不調の際に導入したG3-266改400のHDDにインストールされていた「ジャガー」に心を奪われ、すでにG3-233MHZのCPUカードで安定して稼働していた被害者をパワーアップしてその「OSペケ」をインストールしようと目論んだらしい。
しかし・・・被疑者が喜々として7300/180に換装したパーツはなぜかまともに動かなかったらしい。
いわゆるベージュ・マックには少なからずそういうことがあるものなのだ。
G2Macにはお約束の「相性」問題。
それらが元々本宅にあってお役御免になった7600/132に装着すると何故かまともに動くことを確認した被疑者は、迷うことなく7300/180をバラして、その全てのパーツを7600/132 に組み込んだということらしい。

「ちょーさん、被疑者の部屋から604e/180のCPUカードが出ました!」
「そうか、あったのか!!」
・・・待てよ。私は著しい違和感を感じていた。
つまりバラバラにされた7300はパーツを戻せばちゃんと動くはずなのだ。
さらにiMacブルーダルメシアンから被疑者が元々7600を『4400の代わりに職場で使おう』と自宅に持ち帰ったこと、7300に装着されていたG3-233MHZカードをWEBで知り合った中学生にタダであげてしまったことも聞き出せた。
だが604e/180MHZのCPUなら職場の4400の603e/200MHZより十分快適なはずではないか?
メモリーもHDDだって十分なはずなのに、なぜバラした7300を放置したまんまなのだ??

ずっと沈黙を守っていた4400/200がいきなり顔を覆ってわっとばかりに泣き出した。
「私・・・知ってたんです。彼が・・・『もう改造はこりごり』だって愚痴零していたのを。
 最新のマシンは要らないから、ノーマルでちゃんと仕事ができるMacが欲しいって!!!」
「君だってちゃんと仕事はこなせていたんじゃないのか・ましてや7300/180でだって・・・・」
「彼、WEBで悪いトモダチに会っちゃったんです。確か・・・powerbook2400でpowermac9600に入札してるの見ました。」
「そうかっ、被疑者はオークション会場だな?!捜査員を至急手配しろ!!」
4400/200はその場で泣き崩れた。

「被疑者をオークション会場で確保しました。どうやら9600は落札し損ねたらしいですが。」
所轄署の屋上で2本目のショート・ピースに火をつけたばかりの私に太田刑事が声をかけた。
「修羅道だな。」
太田刑事が「えっ?!」という表情で私の顔を見る。
「いや、何でもない。さあ、本庁に帰るぞ。」
私は火をつけたばかりのタバコをポケット灰皿でもみ消して太田刑事に微笑んだのだった。


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